quinta-feira, 5 de novembro de 2009

4.疎遠の会員の質問に応えて会の実情を

 本会は僅か一年余りで全国に拡がり、この通り大きなものになりました事は、当然のコースで、本会では会員諸氏も御承知の通り、本部はあっても、本部の建物は何一つありません。
 借事務所も、会員の心からの無料提供による住家の庇の一部を、
古箱を??して、当主自らの手で一坪余りを板囲いして、果物の空箱数個が椅子代りにあるのみで、電話一つ電灯一つありません。
 机もその家のものが一個置かれてあるのみで、誰に頼まれたものでもなく、誰もそれについて何も御礼も云わないし、気付いてもいないのかも知れません。会の有形資産は謄写版一台と書籍と(これも借越し)所判位でしょう。
 毎月の研鑽会の席も、その時の人数を予想したり、先方の都合で、区の事務所や学校を借用している始末です。会場の準備や後始末を、豊かでない(物財的に)地元の支部会員総出で毎月受持って居ります。遠地からの宿泊は、人数が特に多い時は、一灯園さん等にお願いしていますが、毎月殆ど会員の自宅へ、三々五々分宿さして頂いて、朝まで語り明かして、家族並に食を供されても、いつも無料です。
 会の収支は赤字赤字で、会計の会員や地元会員の立替えです。
 会の係に対して今迄の処、会から少しも報酬を出して居ません。
 本会としては不自由ですが、そこまで手が廻らないのです。
 何時迄もこんなでは続かないでしょうが、地元会員や心ある会員の協力で、現在迄は何とか足らぬ足らぬの中でやっと来ました。
 これは本部のみの事でなく、地方の各支部も殆どこれと大同小異で、又会員個人の宅へも、毎日毎日訪問者の絶え間なく、その応接に自家の仕事も鶏も鶏舎も散々です。支部結成や、本部との連絡や、協議や、新しく始める人への母役で東奔西走で、本会へ入ったなれば、金銭・物的に、時間的に、大きなマイナスになります。相当精神的にも労れます。併し四国・九州・東北等から来られる熱心さに、吾を忘れて迎え、又出掛けねばならなくなるのが人間の情です。
 物や金ではこんなことは出来ないです。
 人の情は恐ろしいもので、伝えた新しい人の成績が良くて、自分の方がズット落ちて、アア良かったと喜ぶ有様で、宗教・信仰生活等の人の行為とよく似ている位で、宗教や奉仕団体と間違えられて、初めて来る人の中には、相当厚カ間敷い、虫のよいのが沢山寄って来ます。こんなのは、大抵一二回迷惑(受ける当人は迷惑と思っていませんでしょうが、これでは続きませんから、何れ何とかすべきです)をかけて、離れて行く浅欲連中で、これも数のうちと、相手をしている会員の根気のよさは、呆れるばかりです。
 本会は宗教ではないのですから、お堂も伽藍も、社殿も要りませんし、大きな講堂も会館もわざわざ建てて、見掛け倒しで嚇かしたりしない方針だそうです。
 会員そのもの、会の方針そのものが、自らを出し過ぎないで、遅れて新しく入って来る人達に、よき母の愛で、乏しい人、至らぬ人の手を引き、共に携えて自分を忘れ、一見奉仕の形に見えます。先に始めた者が先に儲けないで、日本の隅々、アジアの隅々の最も乏しい人々を対象に、一日も早く浮び上るような方針を採っています。
 実に惨めな、各地山間部や東北地方の単作冷害地帯等は、最も早く普及されねば、富裕な恵まれた都市近郊の人々も、自責の苦しみは解消しないでしょう。
 先達の人や、建物の方は程々にしておいても、急ぐ方から手を尽して行かねばならないし、今日打つべき手は、明日とは云って居られませんから、乏しい農村、恵まれない人達に手を延べ誘う一方、先に始めて多少にても余裕の出来た人や、重点的の仕事を理解された人々は、一部を割いて、日本を根本的に豊かに幸福にする基本的方面にも、一手を加えられ度いと思います。

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