quinta-feira, 5 de novembro de 2009

四 要約

 これを要約すると、ここで云う幸福会員とは、物心会員であって、健康で子孫も物も栄え、心も豊かな生活の出来る人を指すもので、これなら誰にも解り易い、そしてこれが世界中に行きわたった時が本当の幸福であり、真実な人間生活の姿で、こうした人の充満した社会を理想とします。
 しかし今の世界は、それに反した日常を暮らしている人が多いのは、それに向かう方法を知らない人や、方向を知っていても、突っ張り合って混雑して、思うように行けないからです。
 十人のメンバーは、これに対し安全な道路を造り、街路樹を植え、香る花を蒔いて道標を立て、各種の交通機関を提供する役目をするのです。かくしておけば、後は道標によって各自が自力で歩くなり乗るなりして、思い思いの目的に向かって、自由に快速な行動が出来ます。
 こうした事は、早く皆が出し合って造ればよいのですが、お互いに目的地へあせり、正面衝突して喧嘩したり、通せんぼうされたりして、気がイライラして、時間にも頭にも余裕がなくなり、腹が減るから旅費も乏しくなり、又各自に持っていないと安心が出来ず、先を急ぐ人には、道路造りはしていられませんし、混雑して苦しんでいる間は、そんな建設費はよう出さないでしょう。 そこでいつまでも、こんな愚行を続ける馬鹿さの解った人や、一役果して閑日月の生活に入り無役の人や、今人並以上苦労しても、孫子の代も沢山の人が楽になるようにと、先の大きな楽しみに生きられる人々が相寄って相談し、一時は裸になっても、借金してでも、何処かの一角から、後で度々改修しなくてよい立派な道路と、交通整理係も要らない道標を創り、乗り物も用意し、これならいけると、誰でも共鳴して協力されるキッカケを、十人のメンバーが造るのです。
 しかし十人のメンバーとて、霞を吸うのみでは動けなくなり、力にも限界がありますから、新しい道に乗った人は、その余得のうちからの一部を、次の道路の建設に協力し、汽車等の維持をすることです。
 次の社会には屈辱・忍従・犠牲・奉仕・感謝・報恩等は絶対にありませんし、そんな言葉も要らなくなりますから、他人のお蔭に甘えるわけには参りません。
 十人のメンバーも感謝されたり、恩返しを予想しての活動なれば、やらない方がよく、一時的犠牲者からする相当の不足に、ニタリと微笑める心の用意をしてかかる事です。
 十人のメンバーとは簡単に云うと、幸福会員のみの理想社会を造ることを喜びとして活動する人で、生命をそれに最も効果的に打ちこんで、代償は理想社会実現以外の何物もない自覚に立つものです。但しこれは個人の自由意志によるもので、家族や周囲の人でも共鳴しない者迄も、巻添的犠牲者にしては不可です。又誰に限らず、一時間でも十分でもその気持ちで、そうした行動をされる事が大きな力となり、実現を早めます。
 十人のメンバーの場合、立替えの形で、犠牲によく似た行為をすることがあります。
 物心何れにしても、誰か人の餌食になり終るものを、犠牲と云うのですが、この社会には犠牲はなく、この社会を造るにも犠牲者は一人も出しませんから、当人は報いを考えないが、真実は立替えであるから、必ず何かで終局的に返る仕組みになってあります。甘い考えで人の親切を取り切ることも出来ない仕掛けにしてあります。
 私は今後、身の許す限り幸福運動を展開して、最も確実に容易に行なえる具体案を示して、同志の人々とよく検討し、協力して積極的に実践します。
 例えば、部落を名実共に開放し、住職を束縛する法門から、嫁を家の道具視女から、寡婦を寂境から、刑務所の門を桎梏から、日本人を国境から、若夫婦を古い家から、貧乏人を生活苦から開放し、病人・老人に人間一生のうちの最上の待遇をします。商人を顧客と対等に、世界の人を紛争苦悩から開放し、総ての無理な束縛を断ち切り、真に自由な人生に開放する活動を続けます。
 全国各地から命迄もの人達が続々参集されていますから、必ず実現します。誇張か法螺か実態を検べられるなれば、あなたの人生に何かをもたらすでしょう。(未完)
           1954. 11. 25.

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